愛されていないのかもしれない、その疑いが一番きつい
セックスレスで本当に苦しいのは、
できないことそのものじゃないのかもしれない。
もちろん、それもつらい。
寂しいし、虚しいし、どうしようもなく心が冷える夜もある。
でも、もっと深く刺さるものがあるんだよね。
それが、
「自分はもう愛されていないのかもしれない」
という疑いだと思う。
はっきり嫌いと言われたわけじゃない。
別れようと言われたわけでもない。
会話がゼロなわけでもない。
生活は普通に続いている。
だからこそ、余計に分からなくなる。
嫌われているわけじゃないのかもしれない。
でも、求められてもいない。
大切にされていないとは言い切れない。
でも、愛されている実感もない。
この宙ぶらりんな感じが、たまらなくきつい。
今日は、そのことを書きたい。
一番しんどいのは、はっきりしないこと
人って、つらい答えそのものより、
答えが出ないまま不安だけが続くことのほうが苦しい時がある。
レスもたぶん、そうなんだよね。
最初のうちは、自分に言い聞かせる。
疲れているのかな。
仕事が大変なのかな。
今はそういう気分じゃないだけかな。
自分が気にしすぎているだけかな。
そうやって受け止めようとする。
できるだけ相手を悪く思いたくないし、関係を壊したくないから。
でも、それが何度も続くと、
心の中に別の言葉が入ってくる。
もう愛されていないのかな。
異性としては見られていないのかな。
一緒にいる意味って何なんだろう。
これが入ってくると、本当にしんどい。
しかも厄介なのは、
その疑いが簡単には消えないことなんだよね。
拒まれた夜より、そのあとがつらい
一回断られる。
それだけなら、まだ受け流せることもあると思う。
でも、苦しいのはその場だけじゃない。
その夜の空気。
避けられた感じ。
微妙に間が空いた沈黙。
何もなかったように終わっていく時間。
そういうものが、心に残り続ける。
そして次の夜にも思い出す。
少し近づこうとした時にも思い出す。
相手のちょっとした態度ひとつで、また思い出す。
だからレスの苦しさって、
その瞬間の我慢だけで終わらない。
断られた記憶より、そこから生まれる疑いのほうが長く残る。
自分はもう必要じゃないのかな。
触れたいと思われていないのかな。
家族としてはいても、もう愛する相手ではないのかな。
そういう問いを抱えたまま生活するのは、かなり苦しい。
愛されていないのではなく、求められていない気がする
たぶん、ここも大きい。
レスで傷つく時、
「もう愛されていないのかもしれない」と感じる。
でも、もう少し正確に言うなら、
求められていない感じなのかもしれない。
嫌われているわけじゃない。
夫婦としては成立している。
家族としての役割もある。
生活もちゃんと回っている。
でも、異性として求められている実感がない。
この感じって、かなり切ない。
夫として、妻としてはそこにいる。
でも、男として、女としては、もう欲しいと思われていない気がする。
それが続くと、人はだんだん混乱してくる。
自分は大事にされているのか。
それとも、ただ生活の一部として必要とされているだけなのか。
一緒にいる意味はあるけれど、愛されているわけではないのか。
この曖昧さが、本当に心を削る。
疑いは、相手より先に自分を傷つける
本当に怖いのはここかもしれない。
レスが長くなると、
相手を責める前に、自分を疑うようになる。
見た目が変わったからかな。
年齢のせいかな。
魅力がなくなったのかな。
何か足りないんだろうな。
もう異性としては終わっているのかな。
本当はそんなに単純じゃないのかもしれない。
相手にも事情があるのかもしれない。
疲れやストレスや、言葉にできない理由があるのかもしれない。
でも、拒まれる側の心は、そこまできれいに整理できないんだよね。
何度も届かないと、どうしても思ってしまう。
愛されていないのかもしれない。
そしてそのうち、
愛されないのは、自分に価値がないからかもしれない。
ここまで来ると、本当にきつい。
疑いって、相手との関係だけじゃなく、
自分自身の見え方まで壊していくんだよね。
だから、だんだん何も言えなくなる
最初のうちは、まだ伝えようとする。
寂しいこと。
苦しいこと。
どう思っているのか知りたいこと。
できればちゃんと向き合いたいこと。
でも、そのたびにうまく届かなかったり、
空気が重くなったり、はぐらかされたりすると、
人は少しずつ黙っていく。
また同じ思いをするくらいなら、言わないほうがいい。
期待して落ちるくらいなら、最初から何も求めないほうがいい。
そうやって、自分の気持ちを引っ込めるようになる。
周りから見たら、落ち着いたように見えるかもしれない。
もう気にしていないように見えるかもしれない。
でも、本当は違う。
諦めたから黙るんじゃない。
これ以上、自分を傷つけたくないから黙る。
ここが本当に切ない。
一番つらいのは、まだ好きなこと
もし本当にどうでもよくなっていたら、
ここまで苦しまないと思う。
でも、まだ好きなんだよね。
まだ大事なんだよね。
だから、ちゃんと愛されていたいし、求められていたい。
その気持ちがあるのに、確信が持てない。
否定されているわけでもないのに、安心もできない。
これがきつい。
はっきり終わったなら、
悲しくても、どこかで整理はできるのかもしれない。
でもレスの苦しさって、
終わっていないのに満たされないことが多い。
だから疑いだけが残り続ける。
好きだから苦しい。
つながっていたいから苦しい。
愛されていないと決まったわけじゃないのに、
そう思ってしまう自分にもまた傷つく。
この苦しさは、かなり深い。
平気なふりがうまくなるほど、しんどさは見えなくなる
レスが長くなると、人は平気なふりがうまくなる。
何でもない顔をする。
気にしていないように振る舞う。
忙しいふりをする。
眠いふりをする。
冗談っぽく流す。
そうやって自分を守る。
でも、本当に平気になったわけじゃないんだよね。
ただ、もうこれ以上疑いたくないだけ。
これ以上、傷つく材料を増やしたくないだけ。
本当は寂しい。
本当は不安。
本当は、ちゃんと愛されていると感じたい。
でも、それを出してまた苦しくなるのが怖い。
だから黙る。
だから飲み込む。
だから余計に、外からは分からなくなる。
ここもまた、レスのつらさだと思う。
最後に
愛されていないのかもしれない。
その疑いが一番きつい。
レスで本当にしんどいのは、
できないことそのものより、
そのたびに自分の存在の意味まで揺らいでいくことなのかもしれない。
はっきり嫌われたわけじゃない。
でも、求められている実感もない。
だから心がずっと宙ぶらりんのままになる。
この苦しさは、ただの欲求不満なんかじゃない。
一番近い人との関係の中で、
自分はまだ愛されているのか。
まだ必要とされているのか。
それが分からなくなっていく痛みなんだと思う。
もし今、同じようにしんどい人がいるなら伝えたい。
あなたが苦しいのは当然だ。
考えすぎだからでも、弱いからでもない。
ちゃんと愛されたいと思っているから苦しいんだ。
そして、長く疑いの中にいたとしても、
あなたの価値までなくなったわけじゃない。
そこだけは、どうか忘れないでほしい。