セックスレスの苦しさって、
どうしても誤解されやすい。

「結局、したいのを我慢できないだけでしょ」
そういうふうに見られてしまうことがある。

でも、本当にしんどい思いをしている側からすると、
たぶんそこじゃないんだよね。

もちろん我慢はつらい。
寂しいし、苦しいし、どうしようもなく虚しくなる夜もある。

でも、一番苦しいのは、
その我慢そのものじゃない。

たぶん本当にきついのは、
我慢し続ける中で、自分が少しずつ求められていない人間みたいに思えてくることなんだと思う。

今日は、そのことを書きたい。

我慢だけなら、まだ耐えられるのかもしれない

人って、我慢そのものには意外と強かったりする。

忙しさも我慢する。
理不尽も我慢する。
寂しさも、ある程度は飲み込んで生きていける。

だからレスだって、
行為がないことだけなら、
まだ「そういう時期なんだ」と思い込もうとすることもできる。

疲れているのかな。
仕事が大変なのかな。
今はそういう気分じゃないのかな。

最初のうちは、そうやって自分を納得させようとするんだよね。

できるだけ相手を悪く思いたくない。
責めたくない。
関係を壊したくない。

だから、自分のほうで飲み込む。
大丈夫なふりをする。
何でもない顔をする。

でも、苦しいのはその先なんだと思う。

本当にきついのは、拒まれた夜が心に残り続けること

一回断られた。
それだけなら、まだ受け流せる。

でも、二回、三回と続くと、
断られたその瞬間だけでは終わらなくなる。

その夜の空気。
言葉を濁された感じ。
避けられた時の体の動き。
何もなかったように寝ようとする時間。

そういうものが、ずっと心に残る。

そして次の夜にも、また思い出す。
誘おうか迷った時にも思い出す。
少し近づこうとした時にも思い出す。

だから我慢って、
ただその場で終わるものじゃないんだよね。

断られた記憶ごと、ずっと抱えて生きることになる。

これが静かにしんどい。

我慢しているのは欲求だけじゃない

ここが一番大きいのかもしれない。

レスで我慢しているのって、
たぶん欲求だけじゃない。

触れたい気持ちも我慢している。
甘えたい気持ちも我慢している。
本当は寂しいことも我慢している。
傷ついていることまで我慢している。

しかも、それを口に出すことすら我慢してしまう。

言ったら重いと思われるかもしれない。
また空気が悪くなるかもしれない。
面倒くさいと思われるかもしれない。
どうせ分かってもらえないかもしれない。

そう思うと、どんどん言えなくなる。

気持ちを出せない。
でも、なかったことにもできない。
だから心の中にずっと溜まっていく。

これって、かなり苦しい。

ただ「我慢してる」だけじゃないんだよね。
気持ちの置き場ごと失っていく感じに近い。

一番切ないのは、「求められていない」が積み重なること

レスがつらいのは、できないことそのものより、
たぶんこの感覚が積み重なるからだと思う。

自分から近づかなければ何も起きない。
自分が何もしなければ、触れられることもない。
欲しがっているのは、自分だけのように感じる。

これが本当に切ない。

夫婦なのに。
一番近い存在のはずなのに。
一緒に暮らして、同じ時間を生きているはずなのに。

肝心なところで、
自分だけが置いていかれているような感覚になる。

そして気づくんだよね。

ああ、つらいのは我慢しているからだけじゃない。
求められていない気がするからなんだって。

この感覚は、かなり深く刺さる。

我慢は時間がたてば少し落ち着くこともある。
でも、求められていないという感覚は、
自分の存在そのものに触れてくる。

だから、しんどさの質が違う。

だんだん、自分に何かが足りない気がしてくる

何度も拒まれると、
人は理由を探し始める。

見た目が変わったからかな。
年齢のせいかな。
優しくできていないのかな。
仕事ばかりしてきたからかな。
男として、女として、もう魅力がないのかな。

本当は、そんなに単純じゃないのかもしれない。
相手にも事情があるのかもしれない。
体調や気持ちや、言葉にしにくい問題があるのかもしれない。

でも、拒まれる側の心は、そこまできれいに整理できない。

何度も届かないと、
どうしても自分に矢印が向く。

自分には、もう欲しいと思われる何かがないんだろうな。

そう思ってしまう。

これが本当に苦しい。

我慢しているだけなら、まだ外に向けられる。
でも、自分の価値が揺らぎ始めると、逃げ場がなくなる。

だから、平気なふりがどんどんうまくなる

レスが長くなると、
人は平気なふりがうまくなる。

別に気にしていない顔をする。
何も求めていないみたいに振る舞う。
冗談っぽく流す。
眠いふりをする。
忙しいふりをする。

そうやって自分を守る。

でも、本当に平気になったわけじゃないんだよね。

ただ、もうこれ以上傷つきたくないだけ。
これ以上、惨めな気持ちになりたくないだけ。

本当は寂しい。
本当は触れたい。
本当はまだ求められたい。

その気持ちが残っているからこそ、
見せないようにする。

ここがまた切ない。

一番怖いのは、我慢しているうちに言葉までなくなること

最初のうちは、まだ伝えようとする。
寂しいことも、苦しいことも、少しは言える。

でも、それが何度もうまく届かないと、
人はだんだん話さなくなる。

もういいや。
また同じ思いをするくらいなら、言わない方がいい。
期待する方が苦しい。
自分からは動かない方が楽。

そうやって、少しずつ黙っていく。

周りから見れば、落ち着いたように見えるかもしれない。
もう気にしていないように見えるかもしれない。

でも違う。

我慢に慣れたんじゃない。
傷つくことに疲れただけなんだよね。

ここまで来ると、我慢の問題じゃなくなる。

気持ちを出す力そのものが弱っていく。
それが本当に怖い。

それでもつらいのは、まだ好きだから

どうでもいい相手なら、
ここまで苦しまないと思う。

本当に終わっているなら、
諦めもつくのかもしれない。

でも、そうじゃないんだよね。

まだ好きなんだと思う。
まだ大事なんだと思う。
だから求めたいし、求められたい。
できれば前みたいに戻りたい。

その気持ちがあるのに、何度も届かない。
だから苦しい。

我慢しているから苦しいんじゃない。
好きなまま届かないことが苦しい。

たぶん、これがいちばん近い。

最後に

セックスレスで一番苦しいのは、我慢そのものじゃない。

たぶん本当にきついのは、
その我慢の中で、

求められていない気がしてしまうこと。
自分の価値が揺らいでいくこと。
気持ちの置き場がなくなっていくこと。
そして、寂しいのに何も言えなくなっていくこと。

そうやって、心の奥のやわらかい部分が
少しずつ削られていくことなんだと思う。

だからこの苦しさは、
ただの欲求不満なんかじゃない。

一番近い人との関係の中で、
自分はまだ大切にされているのか、
まだ求められる存在なのか、
それが分からなくなっていく痛みなんだよね。

もし今、同じようにしんどい人がいるなら伝えたい。

あなたが苦しいのは当然だ。
我慢が足りないからじゃない。
弱いからでも、わがままだからでもない。

ちゃんと愛されたい。
ちゃんと求められたい。
その気持ちがあるから、苦しいんだ。

そして、たくさん我慢してきたとしても、
あなたの価値までなくなったわけじゃない。

そこだけは、どうか忘れないでほしい。